本命の 『ブロークバック・マウンテン』 を退けて、今年のアカデミー作品賞を受賞してしまった 『クラッシュ』。プレゼンターのジャック・ニコルソンも驚いていたが、自分も驚きである。まぁ、『ブロークバック〜』 を観てないので何とも言えないけど、正直言って、『クラッシュ』 がアカデミー賞にふさわしい作品には思えないんである。まぁ、ふさわしい作品が受賞する例の方が少ないくらいなので、だったらアカデミー賞って何なのさということになるが、去年の 『ミリオンダラー・ベイビー』 と言い、今年の 『クラッシュ』 といい、暗いトーンで人間の希望とか挫折とかを描いたドラマが受けやすいってことだろうか。そもそも、『クラッシュ』 はそこまで評価される映画なんだろうか。
ロサンゼルスを舞台に、ある交通事故からつながっていく様々なストーリー。そこには、色々な形で日常を生活している人々がいる。人種差別主義の警官、黒人のTVディレクター、雑貨店を営むペルシア人の家庭、黒人の警官と彼のスペイン系の恋人、ヒスパニック系の鍵修理屋とその娘、黒人二人組の泥棒、白人の地方検事夫婦、車に轢かれた中国人。それぞれの問題に直面しながらも必死に生きる彼らの生活が交差していくポール・ハギスの脚本はよく出来ていて、それぞれの登場人物に希望や絶望が混在するラストは、心に深く残るかもしれない。"CRASH" とは衝突。人間は衝突し、人と交差し、そして温かくなっていく。何より、バード・ヨークが歌う主題歌の "In the Deep" の優しさ。監督が登場人物を温かく見つめているのがよく分かる。
とまぁ、群像ドラマとしては確かに面白いのだが、問題は 「人種差別」 というテーマの語り方。映画の冒頭の多くの場面で、登場人物たちがやたらと人種差別に関する会話を展開するのだ。何もそこまで声高にテーマを語らなくても、ってなくらいに。なので、観てるこっちは、いやでもそれを意識して観てしまって、妙に冷めた目になってしまう。結局、登場人物たちはそのテーマを語るためのコマに過ぎないように見えてきて、よく出来た脚本も、何だかウソくさく思えてくる。この脚本だったら、そんなことしなくても十分にテーマを伝えられただろうに。自然に語られるストーリーに心を傾けているうちに、気づけば映画のテーマが浮き彫りになっている、そういうのが本物の映画なのに。テーマありきじゃないのよ。物語ありきなのよー
とは言え、ハギスはアカデミー脚本賞を受賞し、作品賞も受賞。LAという、アカデミー賞にとっては地元を舞台にした社会派映画ということで、それなりに受けたわけだ(同性愛を扱った映画に対する当て馬的受賞という捉え方も勿論あるが)。だが、もっと評価されるべきなのは出演した俳優達。善と悪では簡単に割り切れない人間の複雑さを描いたこの映画で、それを具現化したような役を演じるマット・ディロンの力強い演技を始めとし、サンディ・ニュートン(素晴らしい)、テレンス・ハワード(彼もまた素晴らしい)、ドン・チードルといった実力のある俳優はもちろん、そうでない俳優達も名演を披露している。ヒスパニック系の鍵修理屋を演じるマイケル・ペニャが個人的には一番印象深かった。そして、彼と、ペルシャ系の雑貨屋の主人のエピソードが一番好き。やっぱり、希望と再生にあふれた話が好きなんです。
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