グレースと公爵 L' ANGLAISE ET LE DUC


directed by Eric Rohmer

cast :  Lucy Russell  Jean-Claude Dreyfus
Alain Libolt  Caroline Morin
Charlotte Very  Rosette
Leonard Cobiant  Francois Marthouret
Helena Dubiel
('03 01 24)



 何と言ってもこの映画の最大の見所は「絵」である。「絵画」である。舞台は革命前夜から革命の後までのフランス。冒頭、ナレーションとともに映し出される数枚の絵画。そして、ナレーションが終わると動き出す絵画の群集たち。ふむふむ、そうなるのねと、ここは普通に観ていたのだが、何と最後まで背景は絵画のタッチなのだ。というか、油絵を背景として映画が進むのである。通りの情景や、グレースの部屋の中までも。当然、人物にも油絵のざらついたタッチで処理してあるのだが、監督のエリック・ロメールはインタビューで、「たとえ絵によってその現実をつくったとしても、現実をあるがままに撮影する方がいい。真実は絵から生まれるのであって、編集から生まれるわけではない」と言っている。確かに、作られたセットで撮影された歴史映画よりも妙な説得力のある映画になっている。それは恐らく、我々が実際に感じている当時の面影が、現存する絵画の中に全て依っているからであり、そして 『グレースと公爵』 が実在の人物、グレース・エリオットによって書かれたフランス革命の回想録に基いた史実の物語だからだ。例えドラマ性は薄れたとしても、我々が見ることができるあるがままの当時を背景にした方が、大仰な時代劇にならずに、歴史の中にいたグレースから見た真実を伝えることができるということだろう(監督自身も、「歴史映画は、語れば語るほど最後に用意されている真実は疑わしいものにしか写らない」と言っているし、何よりこの映画には音楽が全くない!)。CGにはこういう使い方もあるのだ。

 グレース・エリオットは英国人でありながら、フランスはパリで暮らす、ルイ16世を敬愛する王党派。オルレアン公爵と二子を儲けた彼女は、公爵と恋愛を超えた信頼関係で結ばれていた。しかし、グレースと、革命派に傾倒した公爵の信念はフランス動乱の時代の中で対立するばかり。それでもなお二人は互いを尊敬し続け、互いの身を案じる。そして迎えるルイ16世の処刑裁判。フランス革命。

 ドラマ性が薄れたとしても、と書いたが、実際には2時間以上持たせるだけの山場もある。世間で終われている王党派のシャンスネ公爵をかくまるエピソードや、王の処刑裁判に投票するオルレアン公爵、グレース自身が逮捕される下りなど、映画自体は単調に進んでも飽きさせず、しかも各々のエピソードはグレースの視点から描かれ、彼女の意志と信念の強さが浮き彫りになっている。史実のみならず、歴史を生きた一人の人間の姿が描かれているのだ。広場で大衆に惨殺されている兵士の死体や、友人の公爵夫人の生首を目の当たりにしてグレースが言うセリフ、「何という時代なの!」。そう。歴史の流れの前では無力にならざるをえない人間は多く、グレースもその一人。だが、それでも自らを信じ、それを貫いた女性がいたのである。

 グレースを演じたルーシー・ラッセルが、グレースと同じくフランス語を話せるイギリス人と知って驚いた。しかも映画俳優としては無名な新進女優だったとは!(デビュー作は、『メメント』 のクリストファー・ノーラン監督の 『フォロイング』) 密室劇のような展開で進み、さながら舞台のようであり、しかも彼女の言葉が全てと言っても過言ではない映画なので、てっきり舞台経験の豊富な女優だと思っていたのだ。監督としては願ってもない逸材だったのだろう。全編出ずっぱりで喋りっぱなしの彼女は大健闘。物語としては、なぜグレースが王党派としてそこまで王を敬愛するのか、公爵と彼女の信頼関係をそこまで深いものにするのは何なのか、などが物語の中で弱く、若干違和感を覚えるところもあるのだが、しかしそれを補って余りある彼女の強い演技からは目が離せない。

 一方、公爵を演じたジャン=クロード・ドレフュスは数々の名作に出演してきた名優だが、グレースにキスをするシーンで、どうにも太った好色オヤジにしか見えなくて困った。いや、別にだからダメってわけじゃないんですが、美女と野獣ってこういうのなんだなぁ、みたいな。実際に公爵がそんな方だったのかもしんないですが、この二人だとちょっと絵ヅラ的に厳しいものがあるっていうか。まぁ、愛に燃える二人って感じの話じゃないんで別にいいんですけど。





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