グラン・トリノ GRAN TORINO

 

directed by Clint Eastwood

cast : Clint Eastwood  Bee Vang

Ahney Her  Christopher Carley

Brian Haley  Geraldine Hughes

John Carroll Lynch  William Hill

('09 06 26)

 

 

 『ミスティック・リバー』 以降のクリント・イーストウッドの作品は、人間の尊厳を描く彼独特の、いや、彼にしかできないような骨太な演出に支えられた傑作が続いているが、『グラン・トリノ』 はその中でもとりわけ素晴らしく、まるで集大成のような作品だった。妻を亡くし、子供たちの家族にも疎まれている偏屈な頑固爺が、次第に人と人との触れ合いを取り戻し始めるというストーリーだけ聞くと、何を今さら的なありふれた話だが、イーストウッドの手にかかると一人の老人の誇り高い生き方を描いた傑作になるのだ。これだけ真っ直ぐに人間の尊厳を描ける監督は、今のアメリカでは他にいないと思う。既に78歳のイーストウッドだが、これからも質の高い本物のドラマを作り続けてほしいと願ってやみません。

 

 監督だけでなく、今回は俳優として主人公のウォルトを演じるイーストウッド。映画の冒頭では他人から偏屈で人間嫌いに思われていたウォルトが、隣に引っ越してきたアジア人家族の姉弟、スーとテオとの交流によって心を溶かしていき、実はユーモアを持った人間であるということが分かる前半の下りは、監督としても俳優としても見事だった。些細な出来事で彼の人間らしい内面が出てくるのがごく自然に描かれていて、嘘偽りを感じさせない物語を見させてくれるのだ。テオとはいつの間にか親子のような絆が生まれ、テオはウォルトに生きる術を教わり、ウォルトは知らず知らずのうちにテオとスーに家族の温もりのようなものを感じる。その様子は微笑ましく、ユーモアがあるのだ。かと思うと、テオに絡んでくるゴロツキたちの前ですごむ迫力は凄まじく、さすが元ダーティー・ハリー。年季の入った役者にしか出せない温かみと凄みを見せてくれる。イーストウッド以外の役者も、名のある俳優は一人も出ていないが、これが映画初出演とは思えないスーとテオを演じた2人の俳優をはじめ、誰もが物語の一部になって溶け込んでいた。

 

 物語の前半ではイーストウッド演じる孤独な主人公が人との触れ合いを取り戻していき、終盤では人間の尊厳、高潔さ、そして生と死を描くという展開は、オスカー受賞作の 『ミリオンダラー・ベイビー』 と似ている。『ミリオンダラー・ベイビー』 では前半から終盤への切り替わりがあまりに唐突で、取ってつけた感が拭えずに好きになれなかったのだが、本作では自然な流れで描かれていて、むしろどことなく最後を予感させる脚本が秀逸だ。また、『硫黄島からの手紙』 でも音楽を手がけたマイケル・スティーブンスとカイル・イーストウッド(イーストウッドの実の息子)の2人による音楽も出色で、特に主題歌の “GRAN TORINO” は人生の黄昏を感じさせる旋律が素晴らしく、エンドクレジットで流れるのを聴いていると、ウォルトの想いと人生そのものが詰まっているようだった。なんとなくストーリーに合ってるような主題歌が映画界に氾濫する中で、本当に主題歌が物語の一部となった稀有な例だと思う。

 

 物語の一部といえば、タイトルにもある1972年製のグラン・トリノの姿がまたカッコよくて。そしてカッコいいだけじゃなく、昔のままの気質だけど今の時代だからこそ失くしてはならない、ウォルトという人間の高潔さを表しているようだった。粋なタイトル、粋な小道具だなぁ。