ノーカントリー NO COUNTRY FOR OLD MEN

 

directed by Joel Coen & Ethan Coen

cast : Tommy Lee Jones  Josh Brolin

Javier Bardem  Kelly Macdonald

Woody Harrelson  Tess Hraper

Garret Dillahunt  Stephen Root

Beth Grant  Barry Corbin

('08 03 20)

 

 

 『ファーゴ』 を超えるコーエン兄弟の最高傑作と公開前から絶賛され、あれよあれよとアカデミー作品・監督・脚色・助演男優賞受賞と、今年のオスカーの主役となった本作。そこまですごいと言われたら期待しないはずがないのだが、期待が大き過ぎたか、『ファーゴ』 ほど手放しで傑作! と思えるほどではなかった。とは言え、多分それは好みの問題であって、映画自体は 「さすがコーエン兄弟」 と思わせる一級品。最近は力の抜けたコメディが続いていたので、久々にコーエン兄弟らしい映画に出会えて嬉しい。

 

 のっけから強烈なのが、ハビエル・バルデム演じる冷徹な殺人者アントンだ。警官に連れられてパトカーの後部座席に座るハビエル。カメラは後ろ姿やぼやけた顔しか映さないのだが、既に不気味な雰囲気が画面全体を覆い始める。そして手錠をはめられた手で警官の首を後ろから絞め殺すハビエルの表情、すごし。セリフはないも同然の最初のこのシーンで、アントンの異様さが観る者に強烈に刻み込まれる。もしくは、アントンが酸素ボンベを改造した謎の武器で道すがらの男を何の迷いもなくあっさりと殺すシーンの乾燥した雰囲気。物語の主人公、モスがテキサスの荒涼とした砂漠の中に発見した死体の山に囲まれて転がるトラックを映し出すシーンの殺伐さ、また、その転がったトラックに砂漠の中を近づいていくモスの小ささよ。コーエン兄弟がすごいのは、その映像でストーリーやキャラクターの心理描写、更には人間の滑稽さまで演出してしまう(つまり映像と演出が切っても切り離せない)ところにあるが、その全てが詰まったシーンだ。シンプルなのに有無を言わさぬ説得力を持った、卓越した映像センス。他にも、夜明け前の砂漠にぽつんと停まったモスのトラックを遠景でとらえたワンショットや、ピコピコ鳴る受信機を持った殺人者の影がモーテルのドアの前で立ち止まり、廊下の電気がふっと消えるシーンなど、挙げればキリがないコーエン兄弟な映像(音響効果)の連続! やっぱりこれは映画館で観るに限るなぁ。ビデオじゃこの面白さ、緊迫感は伝わらないもの。

 

 見せ場ではほとんどセリフを発しないアントンとモスに対して、もう一人の主役である、その二人を追う保安官(トミー・リー・ジョーンズ)は、「今の時代の犯罪は理解できない」 とぼやく。原題は 「年寄りに住む国はない(no country for old men)」。舞台は1980年代だが、これは今の殺伐としたアメリカ社会の犯罪、もしくは社会そのものを寓話的に描いた話で、トミー・リーは言ってみればアメリカに残された良心のような役柄だが、年齢を重ねた者だけが出せる存在感を持った彼には、この作品のテーマを語る役柄を演じるだけの重みがある。それでいてごく普通の人間を自然に演じられる名優だ。予告編の前に某コーヒーのCMで宇宙人役のトミー・リーが出てきたのだが、そんなことやらせる俳優じゃないのに、と悲しくなった。

 

 怖いもの知らずでありながら、追われる者の恐怖と焦りがにじみ出るモス役のジョシュ・ブローリンも上手い。だが、とにかく強烈なのがハビエル・バルデムだ。ワイルドな男から人間味あふれる繊細な役柄まで何でもなりきって演じられる俳優だけど、この殺人鬼の不気味さ、異様さはただごとじゃぁない。そこに立っているだけで何をしでかすかわからない怖さ。感情のカケラもないとはこのことか。一歩間違えれば電車男みたいなおかっぱ頭も、不気味なキャラクターに一役買っていてインパクト大です(バルデムのインタビューを読んでいて、この髪型のアイディアは打ち合わせで突発的に決まったということが書いてあって驚いた)。

 

 恐らく 『ファーゴ』 ほど好きになれなかったのは、例えばスティーブ・ブシェミの間抜けさや、ピーター・ストーメアの無口な不気味さ、ウィリアム・H・メイシーの人間の小ささのような 『ファーゴ』 の登場人物たちが持つ独特の可笑しさが、『ノーカントリー』 のキャラクターにそれほどなかったからだと思う。このストーリーであればなくて当たり前だし、ないからこそ、この乾燥した緊迫感が生まれたわけなのでいいんだけどね。