ご存知、今年第74回アカデミー賞は主演部門で黒人俳優の二人が栄冠に輝いた、オスカー史上に残る年である。特に、誰もが 『イン・ザ・ベッドルーム』 のシシー・スペイセクだろうと思っていた主演女優賞がハル・ベリー(『チョコレート』)の手に渡ったのには誰もが驚いたはず。まだ予告編しか観ていないのだが、この二人を始め、今年の主演女優賞ノミニーは、どれも受賞に値する素晴らしい演技を披露してくれたのではないかと予想する(ノミニー一覧は
こちら)。
一方、主演男優賞がデンゼル・ワシントンに行ったのは、実は意外性がなかった。『ザ・ハリケーン』 で主演にノミネートされ、アカデミー会員の半分ほどにアンケートをとった結果の下馬評で確実視されるも、ケビン・スペイシーに持っていかれてから2年後。今年は前哨戦の半分近くを制覇し、ジュリア・ロバーツをはじめとした多くのスターが彼を支持。そして名誉賞はシドニー・ポワチエである。印象としては、 『トレーニング・デイ』 の彼の演技が素晴らしいから、というより、「そろそろ彼にあげる時期でしょ」とか、「だってデンゼルだもん」と言ったような人気投票的感覚があったように思える(去年のJ・ロバーツもそう)。何にせよ、ワシントンはオスカーを2個所持する初の黒人俳優となったわけで、彼の実力であればそれも納得。よかったよかった。
と思っていたら、遅ればせながら 『トレーニング・デイ』 を観てびっくり。汚職にまみれた刑事役とは聞いていたが、ここまで悪人ぶりを発揮しているとは。デンゼルと言えば正義感に溢れた高潔な善人、と相場が決まっていたのに、それを見事に覆している。しかも、映画が進めば進むほど正義とは程遠い人物となっていき、これまでどうして悪人役をやらなかったのー、とまで思えてくる程の迫力。だって、目がいつものデンゼルじゃないもん(同じ善人黒人俳優でモーガン・フリーマンがいるが、彼は悪役をやってもどこかいい人がつきまとい、ややウザい)。ショーン・ペンやラッセル・クロウなんかメじゃない。心の底からの悪役で主演賞受賞というのも珍しいのではなかろうか。それもデンゼルのなせる技、とまで言えてしまうほど彼の演技の幅が広いことを思い知った。
ストーリーは、パトカー勤務から麻薬取締課に配属となった新米刑事ジェイク(イーサン・ホーク)が、指導担当刑事のアロンゾ(D・ワシントン)に現場の実態を見せつけられる初日、「トレーニング・デイ」を追う。出世のために麻薬取締課を希望したとはいえ、正義感をまだ持っているジェイクは、汚職にまみれたアロンゾの姿に幻滅しながらも渋々捜査についていく。マリファナの体験、売人との付き合い、裏取引、カネ、強盗、そして殺人。
悪人デンゼルもさることながら、ホークの演技もお見事。これまで、「優柔不断男なヤサ男らお任せ」だったホークが、元アメフトの名ディフェンスって設定にムリを覚えたが、それも最初だけ。ラスト近くになると、今までに観たことがないイーサン・ホークを堪能できます(勿論デンゼルも)。結果、一つ一つはありがちな展開なのに、主演二人の演技にぐいぐい引っ張られて2時間あっという間に観てられる(ホークは助演男優賞にノミネートされたが、役は主役級)。
けれども、やっぱりデンゼルが悪役をやった妙で成立した映画には変わりない。それを観るだけでも一見の価値アリ。教訓とかそういうの一切抜きに味わえるドラマだ。