1950年代にエルヴィス・プレスリーらとロカビリーの黄金時代を築き上げた、伝説のカントリー歌手、ジョニー・キャッシュの伝記映画である。幼い頃の兄の死、歌手を目指した日々、レコードが売れて頂点に立つも、ヤク中になってどん底の生活を送る姿、そこから奇跡的に立ち直り、2度目の妻となるジューン・カーターと結ばれるまでを描いているが、ここまで聞くと、同じくミュージシャンの伝記映画、『RAY/レイ』 を思い出す。実際観ていて、キャッシュがクスリに手を出し始めたあたりから、あぁ、同じような映画なんだろうなぁという感が出まくりだ。
だが、一つ違うのは、『RAY/レイ』 が音楽に身を捧げたレイ・チャールズを描いていたのに対し、『ウォーク・ザ・ライン』 はキャッシュとジューンの愛を軸に描いているということ。伝記映画というジャンルにおさまらない、ラブ・ストーリーなんである。“ウォーク・ザ・ライン”とは、ジューンの信頼を失ったキャッシュが 「まっすぐ歩けない男ね」 と言われ、君のためにまっすぐ歩こう(まっすぐに人生を歩もう)と歌った歌のタイトル、"I WALK THE LINE" からとったものだ。その意味が分かれば、この映画がラブ・ストーリーであることに気づくはず。
そのジューンを演じるのは、今年のアカデミー主演女優賞本命のリース・ウィザースプーン。もともと演技が出来る人だけど、キューティ・ブロンド娘がここまで役にハマっていたのでアカデミー会員もびっくりしたんだろうか。確かに自分で歌も歌うし(上手い!)、2度の離婚で傷つきながらのキャッシュとの微妙な関係を演じるあたり、上手いんだけど、そこまで話題になるほどかなー、ってぐらい。そもそもこの役、主演女優か? むしろキャッシュ役のホアキン・フェニックスの上手さあってこその映画だと思う。気づけば随分ぽっちゃり顔になってしまったが、ステージで見事な歌声を披露しててもトレードマークの暗い瞳は健在だ。特に今回は、彼の俳優としての特異性とジョニー・キャッシュという役柄が合っているように思う。もしくは、そう思わせるほどにホアキンが上手いのかもしれないが、とにかくジェイミー・フォックスのなりきり演技とはまた違った上手さである。是非今年のオスカーは彼に!
監督は 『“アイデンティティー”』 や 『17歳のカルテ』、『ニューヨークの恋人』 とジャンルを超えて一定のレベルの映画を作ってきたジェームス・マンゴールド。生前のキャッシュ、ジューンと親交を深めながら脚本を書き、企画を温めていたというだけあって、二人を描く視線にはこれまでの彼にない熱さを感じる。ステージで歌う彼らの姿は、本物のステージを見ているようだ。特に、恐らくキャッシュ自身も思い入れが強かったであろうフォルサム刑務所でのライブシーンがいい。冒頭でキャッシュが大人になって家を出て行く時に、お兄ちゃんと走った畑の道をキャッシュが走るシーンにもグッと来てしまった。
だが、それぞれのシーンは面白いものの、終わってみると主演2人の演技と歌声しか残らないという、残念な結果になってしまった。二人の愛が紆余曲折を経ているのはよく分かるのだが、ラストが尻すぼみで、結局全体として冗長な感が残ってしまうのだ(『RAY/レイ』 もそんな感じだった)。父親との葛藤も、そこまで描いておきながら和解はあっさりで、ちょっと盛り込み過ぎの感もあり。とは言え、ラストのプロポーズのシーンはホアキンとリースのおかげもあって、そこだけで泣けてくる。リースはこのシーンでオスカー候補になったのかもね。
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